【雑談】話の脱線から脱線へ

ある日のレッスンのはじまり。
ノートを開いたRさんが、ふとこんなことを言いました。

「先生、私すぐに話を広げちゃうんですよね。だから友達と話してても、途中で“あれ?何の話してたっけ?”ってなるんです」

思わず笑ってしまいました。
それ、すごくわかります!私もよく同じことを言われるんです。

話が枝分かれしていく楽しさ

「最初は“宿題の話”をしていたのに、気づいたら“将来の夢”の話になってるんですよ」
と、Rさん。
「それもまた面白いじゃない」と返すと、
「そうなんです!一つの話からどんどんつながっていく感じが好きで」と、
少し照れくさそうに笑いました。

確かに、話って木の枝みたいに広がっていくことがありますよね。
「昨日の夜ごはん」から「好きな料理」、そこから「旅行先の思い出」へ、
気づいたら「行ってみたい国ランキング」になっていたり。

一見、テーマがどんどん変わっているようでも、
どこかでちゃんと“つながっている”のが不思議なところです。
話しているうちに自分でも新しい発見がある。
脱線って、じつは「思考が動いている証拠」なのかもしれません。

私もよく脱線します

レッスンでも、気づくと予定していた内容から脱線していることがあります。
たとえば、「説明文の読解」をしていたはずが、
「この作者ってどんな人なんだろう?」という話になり、
そこから「じゃあ自分ならどんな文章を書く?」という作文の話に。

でも、そんな“寄り道”の時間ほど、子どもたちの目がきらきらしているんです。
言葉の背景にあるものを想像したり、
自分の経験と重ねて考えたりすることで、学びが深まっていく。
「脱線=無駄」ではなく、
むしろ“学ぶ楽しさが生まれる瞬間”だなあと感じます。

話の道はどこまでも

話が脱線して、さらにその脱線からまた別の話へ。
気づいたらスタート地点がどこだったか分からなくなって、
「で、何の話してたんだっけ?」と笑い合う――そんな時間が私は大好きです。

レッスンの中でも、雑談があることで心の距離がぐっと近づきます。
言葉を通してその子の世界が見えてくるし、
「話したい!」という気持ちは、表現力を育てる大切な種になります。

脱線は、“話が止まらないくらい楽しい時間”の証。
そう思うと、少しくらい寄り道したっていいかなと思うのです。

今日もどこかで、話の枝はぐんぐん伸びているはず。
そしてまた、「何の話してたっけ?」と笑いながら、
言葉の森の中をいっしょに歩いていけたらいいなと思います。

(沢村)