【コラム】「間違えたくない」は、がんばっている証拠

海外に住む子どもたちの国語レッスンをしていると、
「間違えるのがいや」「完璧にできてから答えたい」という気持ちを強くもっている子に出会うことがあります。

音読でつっかえてしまったとき。
漢字が一文字書けなかったとき。
表情が一気にくもって、悔しそうに下を向いてしまう。

でも、私はその姿を見るたびに、
「ああ、この子はちゃんと向き合っているんだな」と思います。

「間違えたくない」は、真面目さの裏返し

「間違えるのがこわい」という気持ちは、決して悪いものではありません。
むしろそれは、

・ちゃんとできるようになりたい
・いい加減にやりたくない
・自分なりの基準をもっている

そんな真面目さや責任感の表れでもあります。

特に海外在住の子どもたちは、日本語に触れる時間が限られています。
その中で国語に取り組んでいるだけでも、実はかなりエネルギーを使っています。

「間違えたくない」という思いが強くなるのも、自然なことなのです。

でも、学びは「間違い」から始まる

一方で、国語の力を伸ばすうえで欠かせないのが、試行錯誤する経験です。

・この漢字、こう読むと思ったけど違った
・この答え、文章を見返したら別のところに根拠があった
・言いたいことはあるけど、うまく言葉にできなかった

こうした「ズレ」や「失敗」を一つひとつ確認していくことで、
語彙が増え、表現が整理され、理解が深まっていきます。

間違えないように慎重になるあまり、
「考える前に止まってしまう」状態になるのは、少しもったいないなと感じます。

大人の声かけで、子どもは変わる

だからレッスンでは、

「悔しがれるのは、ちゃんと考えている証拠だよ」
「今の間違い、すごくいいところに気づいてたよ」
「これは失敗じゃなくて、途中経過だね」

そんな声かけを大切にしています。

すると、
最初は小さな声で答えていた子が、
少しずつ自分の考えを言葉にできるようになっていきます。

間違えたあとに「もう一回やってみる」と言えるようになる。
これこそが、学びが前に進んでいるサインです。

「できた・できない」より「向き合えたか」

成績や正解・不正解は、もちろん大切です。
でもそれ以上に、

・自分の間違いを見つめられたか
・悔しさを次につなげられたか
・考えることをやめなかったか

こうした姿勢が、あとから大きな力になって返ってきます。

「間違えたくない」と思える子は、伸びる力をすでにもっています。

その芽をつぶさず、
「間違えても大丈夫な場所」を用意してあげること。

それが、私が国語のレッスンで一番大事にしていることです。

(沢村)