読むこととは書くこと、書くことは読むこと
英語(英検対策)・国語・社会・理科を教えている左雲(さくも)です。小学生低学年から高校生まで、年代を問わず幅広く担当しています。
わたしのブログでは、日々の授業での経験をもとに、勉強の取り組み方や成功事例、時には生徒と話し合った時事問題などについて綴っています。
「たくさん本を読んでいるのに、感想文になると手が止まってしまう」「文章は器用に書けるけれど、試験の読解問題では筆者の意図を読み違えてしまう」
オンライン塾で国語の指導にあたっていると、このような「読む」と「書く」の間の溝に悩む生徒に多く出会います。
しかし、本来この二つは別々のスキルではありません。インプットとしての「読み」と、アウトプットとしての「書き」は、一本の糸で繋がった地続きの活動です。
今回は、この二つを往復することで得られる力について掘り下げてみましょう。
読むことは「自分自身との対話」である
読書を単なる情報の受け取り作業だと思っていませんか?
実は、読むことは文字をなぞることではなく、文章を鏡にして「自分自身と対話すること」なのです。
一文を読んだとき、「なぜ自分はここで心が動いたのか」「自分ならどう考えるか」と問いかける。
このとき、私たちは作者の言葉を借りながら、自分の中にある言葉にならない感情や思考を形にしています。
つまり、読むという行為の最中に、すでに「書くことの種」はまかれているのです。
自分との対話を深めながら読む習慣がつくと、文章の表面的な意味だけでなく、その裏側にある論理や情熱を敏感に察知できるようになります。
「読み」で設計図を借り、「書き」で視界をひらく
では、インプットとアウトプットは具体的にどう影響し合うのでしょうか。
まず、読むことは「文章の設計図」を借りる作業と先ほど書きました。
論理的な文章を読み込むことは、家を建てるための柱の立て方や、窓の配置を学ぶようなものです。
優れた文章に触れるたびに、自分の中に「どう組み立てれば相手に伝わるか」という論理のストックが増えていきます。
次に、書くことは「読み手としての解像度」を上げる作業でもあります。
いざ自分で文章を組み立てようとすると、「この接続詞ひとつで印象がガラリと変わる」といった、書き手ならではの苦心に気づきます。
一度でも自分の言葉を必死に紡いだ経験を持つ人は、他人の文章を読んだとき、そこに隠された作者の意図や工夫を、驚くほど鮮明にとらえられるようになります。
読みながら「自分ならこう書く」と想像し、書きながら「読み手はどう受け取るか」と思いをはせる。この往復をすることで、書く力、読む力がともに育っていきます。
まとめ
「読む」と「書く」を交互に繰り返すことで、私たちは世界をより深く、正しく理解する力を手にします。
特に、オンラインを通じて日本の学習に励む海外在住の皆さんにとって、日本語の文章と向き合う時間は、自分のアイデンティティを確認し、広げるための貴重な「自分との対話」の時間でもあるのではないでしょうか。
教科書を開くとき、あるいは感想文を書くとき。それが「自分を深めるための対話」であることを思い出してください。皆さんが言葉を磨き続ける日々を、私たちはこれからも全力で応援しています。
優心オンラインでは、海外在住者専門の個別指導塾として、指導経験・海外在住経験の豊富な講師陣が、生徒一人ひとりの理解度や興味、学習環境に合わせてきめ細やかなサポートを行なっています。
ただ勉強ができるようになることを目指すのではなく、ひとりひとりのお子さんが楽しんで勉強に取り組み、生きる力を身につけることに重きを置いています。
海外にいながら、日本の学校の学習に合わせて進めることも可能です。
お子さんの学習について何かご不安な点があれば、ぜひ一度当塾にご相談ください。