「読める」のに「解けない」読解問題の不思議
国語のレッスンをしていると、
「文章は読めているはずなのに、問題になると間違える」
という場面によく出会います。
保護者の方からも、
「音読はできています」
「内容もなんとなくわかっているみたいです」
というお話を聞くことがあります。
でも実は、
“読める”と“解ける”は、少し違う力なんですよね。
「読める」はスタート地点
たとえば物語文。
登場人物や出来事は理解できていても、
「なぜその気持ちになったのか」
「どうしてその行動をしたのか」
を説明する問題になると、急に難しくなる子がいます。
これは、
文章を“追う”ことはできていても、
情報を整理したり、
根拠を探したり、
言葉で説明したりする部分で苦戦している状態です。
特に海外在住の子どもたちは、
会話として日本語に触れていても、
“長い文章をじっくり読む経験”
が少なくなりやすいため、
読解問題で差が出やすいことがあります。
「なんとなく」で読めてしまう
読解問題でよくあるのが、
「たぶんこれ」
「なんとなくこっちな気がする」
という感覚で答えを選ぶことです。
もちろん、感覚的に読めること自体は悪いことではありません。
ただ、国語の問題では、
“どこを根拠に考えたのか”
がとても大切になります。
なのでレッスンでは、
「どうしてそう思った?」
「どこに書いてあった?」
「他の選択肢と何が違う?」
を、一緒に整理することを大事にしています。
すると最初は、
「えー、なんとなく…」
と言っていた子も、
少しずつ、
「この言葉があるから」
「前の段落とつながってるから」
と説明できるようになっていきます。
国語は、“考え方”を学ぶ教科
国語というと、
漢字や文章のイメージが強いですが、
実際には、
「どう考えるか」
を学ぶ教科でもあると思っています。
文章を読んで、
情報を整理して、
根拠を探して、
相手に伝わるように説明する。
これは、国語だけではなく、
他の教科や日常生活にもつながる力です。
だからこそ、
ただ答えが合っているかだけではなく、
「どう考えたのか」
を大切にしたいなと感じています。
“読める”から、“考えられる”へ
読解問題は、
すぐに点数が伸びるものではありません。
でも、
「なんとなく読む」から、
「根拠を探して読む」へ変わっていくと、
少しずつ文章の見え方が変わっていきます。
最初は難しく感じても、
一緒に整理しながら読むことで、
「あ、こういうことか!」
という瞬間が増えていきます。
その積み重ねが、
“読める”から“考えられる”への一歩になるのだと思います。
(沢村)